大人とは

小学生のころ、早く大人になりたかった。早く20代に。早く30代に。早く40代になりたかった。大人になればこのもやもやが晴れると思っていた。

なのに、学校を卒業しても、社会で働くようになっても、その願いはなかなか叶わなかった。

それが、何故かいま、ようやく終わったと最近気付いた。同時に、気付くのが遅かったとも。思い返すと時代を謳歌した思い出があまり無い。遠い未来にばかり想いを馳せていたせいかもしれない。心ここに在らず。常に足が地面からちょっと離れた感覚。

わたしにとっての「大人」は、ただ年齢を重ねた人のことではなくて、世界中に散らばっているかけら、今生きていくために必要なかけらを、感じて、受け入れ続けた人だったのかもしれない。

「かけら」は、ある日のできごとだったり、出会う人だったり、場所だったり空気だったり食べるものだったり使うものだったり、いろいろ。本当にいろいろ。それが自分に合っているかどうかも重要。

ここ数年、外に向いている意識を内にすることを続けてきた。いつもそうするのは難しくて、いつもいつもできるわけではない。せっかくいい調子だったのに、落ち込んだり体調を崩したりうまくいかない事はたくさんある。その度に外に散らばってしまった氣持ちのかけらを中心にもどすような作業をこつこつしてきた。

この気づきのきっかけをくれたのは子育てかもしれない。この子は何が好きで何が苦手?嬉しい?悲しい?笑っていたかと思えばあっという間に泣き始める。気持ちにまっすぐな子ども。表情、体調、動き、雰囲気、小さな身体から発せられるエネルギーのサインを観察しているうちに、「自分を知ること」「受け入れること」が身についてきたのかもしれない。

この文章、もしかしたら自分にしかわからないかもと思いながら、それでも文字にしてみた。

もう早く大人になりたいとは思わない。もや は晴れていて、今を見つめている。

あたらしい事ができそうな気がしています。